宮里藍!日本女子ゴルフ界を変えた!元世界ランキング1位

宮里藍選手のような天才であってもLPGA優勝まで4年かかりました。
それだけ、世界の壁は厚かった。
また、飛距離の問題、思うように成績も出ない事などでドライバーイップスになるなど、相当苦労して掴んだ優勝でした。

最後の優勝パットを決めた瞬間、右手でガッツポーズの後、帽子のツバに手を当てながら深く俯くシーンは、演じて出来るものではなく、4年間の苦労がキュッと詰まった喜びと感情が自然とそうさせたんだろうと思います。感動しました!
実は、この試合、翌週に全英オープンを控え、日本人選手が多く参加してました。東北高校時代の後輩、有村智恵選手、原江里奈選手、そして上田桃子選手が参加していました。
後日、「仲良くしてる後輩たちの目の前で優勝できたことは大きかった。4年間頑張ってきたご褒美だった」と彼女は述べてます。

 

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「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」アマチュアで優勝 プロ宣言まで

沖縄県国頭郡東村生まれの「藍」選手は、辞書で最初の方に出てくる名前であり、トップがとれるようにと父が名付けたそうです。

 

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2人の兄がゴルフを始めた年齢が3歳だったのに対し、藍は4歳でゴルフを始めました。
小学1年にコースデビューし、小学3年生で初のホールインワンを経験しました。
中学校に入学すると、バスケットボール部に所属しました。しかし、初渡米して世界ジュニアに出場するなど、ゴルフは続けていました。
中学2年生の2000年に地元・沖縄県で開催された「第4回ダイキンオーキッドアマチュアゴルフ選手権」で優勝。同年3月3日 – 5日開催の「第13回ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」で日本女子プロゴルフ協会 (LPGA) ツアーに初出場しました。

 

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中学生の先生に教えられた言葉だそうです。
彼女の座右の銘となっています。
その頃より、意思=ビジョンを持って全てに取り組んでいたかと思うと、頭が下がります。

その後、仙台市にある東北高校に2001年に進学。
高校2年で釜山アジア大会で金メダルを獲得し、アマチュアながらLPGAツアーに参加して、フジサンケイレディスクラシックで優勝争いに加わる(最終順位4位)など、上位争いをしました。
2003年日本女子アマチュアゴルフ選手権競技で優勝。また、東北高校が所在する宮城県で開催された「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」で優勝し、10月9日にプロ宣言をして、史上初の高校生プロゴルファーとなりました。

 

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日本での活躍
高校卒業しプロ1年目として始まった2004年、開幕戦のダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメントでは、次兄優作プロがキャディとして帯同し優勝を飾ります。そして、デビュー1年目で5勝。年会獲得賞金1億円超えました。
翌年2005年、日本女子オープンを含め年間6勝。
日本オープンは、初日から1度も首位を譲ることなく完全優勝。史上最年少の20歳3か月でのツアー通算10勝、並びに同大会史上最年少優勝も獲得。この大会の最終日、ギャラリー数が史上初めて2万人を超える大観衆を集めました。

 

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インタビューでもハキハキ答えるその姿や歩き方、また人間性、ゴルフに対する取組む姿勢など、世のゴルフファンのハートを完全にキャッチしました。
その当時、同級生の横峯さくら選手と2人で女子ゴルフ界のニューヒロインとして盛り上げたのは、当時を知る人なら皆さんご存知のことと思います。

 

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そんな日本で大活躍の藍選手ですが、ビジョンが日本にはありませんでした。
1ファンとしてはもう少し日本での活躍を見たかったのが本音です。

 

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アメリカでの苦悩から世界ランキング1位へ

英語なんて話せません。
でも、そんなの関係ない。
行くしかない!
2006年からUSLPGAツアーに参戦しました。

そして、幾多の苦難、スランプを乗り越えて、2009年7月26日、フランスで開催されたエビアン・マスターズでLPGAツアー初優勝!

ようやく日本にいた頃の強い藍選手に戻るキッカケとなりました。

 

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2010年には、年間5勝!
10週にわたって世界ランキング1位の座に君臨しました。

 

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アニカソレンスタムやロレーナオチョアとの2ショット写真 インスタグラムより

 

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この毎ホールともバーディーを取る!
アニカソレンスタムも取り入れていた「ビジョン54」との出会いが、スランプ脱出・飛躍のキッカケになりまた。

引退からその後の活動と私生活 〜幸せな決断〜

いつかこの日が来る。
分かっていても受け入れたくなかった。

引退会見

JALの引退時のCM

結婚報道 夫はマネージャー?

お相手は、渋野日向子選手が全英オープン優勝インタビュー直前に、カタカナの資料を渡していたツアー帯同者の方が結婚相手です。いい時も悪い時も現役生活を最後まで支えてくれたことが、結婚の決め手のようですね!

引退後は、宮里藍サントリーレディースオープンゴルフトーナメントの大会アンバサダーとして大会を支えています。

 

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2019年閉会式のスピーチ


また、ジュニアゴルファー育成、ビジョン54を知ってもらうため、宮里藍インビテーショナルを開催しています。

 

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そしてスポンサーのサントリーは今年渋野日向子選手とも契約をしています。

 

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宮里藍のまとめ

宮里藍という人間をこのブログ作成を通じて考える機会になりました。
元々礼儀重視の父の影響もあり、人間性は申し分無し。チャレンジ精神もハンパ無し。世界ランキング1位になったことも大変凄いこと。
またスポンサー契約のサントリー、JAL、エアーサロンパス、プリジストン、OAKLEYなどへの恩返し的なイベントを行っています。
何をとっても素晴らしいことだらけです。
最後にもう1つだけ素晴らしいことを伝えて終わりにします。
それは、ズバリ彼女のスイングです。


ドライバー


太極拳スイング


アイアン

クラブセッティングの中でパターだけがずっとODYSSEYでしたね。

引退後も宮里藍選手の活躍を楽しみにしています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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